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【甚兵衛無双】大学入試の「甚兵衛問題」、日本史ガチ勢なら余裕説

2020.09.01

著者情報

竹下りや

竹下りや

高専で生物化学を学んだのち進学した大学院で言語情報学を研究している、20近くの外国語を学んだ(≠覚えた)語学オタク。好きな文房具は付箋。

こんにちは。竹下りやです。

マニアックな知識。実用上無益なものかもしれませんが、不思議と魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。

受験生の頭を悩ませる大学入試の日本史の問題にも、マニアックな知識を問う問題がときどき出てくるようです。

たとえば、

江戸時代、農作業中に偶然、金印を発見した志賀島の農夫の名前は何か。

日本史に疎い私にとっては、果たしてこういった問題が日本史の深い理解の証明となるかは疑問な部分がありますが……

しかし、こういった問題は驚くほど多く存在しています。

このようなマニアックな知識を要する問題を、この例の問題の答えである農夫の名前を取り、

甚兵衛問題

と呼ぶこともあるようです。

そういえば、ロクヨリ編集部に一人、大学で日本史を専攻している、いわば「日本史ガチ勢」の人がいたことを思い出しました。

井上修平。九州大学2年生。専攻は日本史。趣味は博物館巡り。

中学卒業後に高専に進学し、15歳から理工系の道を歩んだ私とは対極をなすような学域の指向を持っています。

彼なら、押し寄せる甚兵衛をひとり残らず殲滅できるのでは……

そんな期待を胸に入試問題を調べまくり、日本史を学んだ経験のある阿部くんに
「この問題は甚兵衛足りえるか」
というジャッジを依頼。
洗練された5問の「甚兵衛」を手に、私たちは福岡某所の飲食店で猛将・井上くんを待ち構えるのでした。

某日、某所にて

メンバー紹介

竹下:20言語を学んだ言語オタク。最近の悩みは安くて栄養のある食べ物ほど日持ちしないこと。代表的な記事はこちら

阿部:ベンチャー企業で農業を楽にする事業を学んでいるらしい。その事業に関する記事はこちら。打ち合わせ段階で問題と答えは把握している。

井上:九州大学2年生。日本史を専攻。趣味は博物館めぐり。代表的な記事はこちら。

阿部竹下、それ僕が注文した烏龍茶じゃない?

竹下:ごめん、僕烏龍茶とアイスティーの味の違いが分からないんだ。

阿部:ええええ……

竹下:今日の目的は、大学入試の日本史の問題で時々ある、いわゆる「甚兵衛問題」が日本史ガチ勢なら分かるのか、という趣旨で井上くんにそれを解いてもらうというものです。

井上:一応今回の企画に際し資料集をザラっと見ては来たんですが……

阿部:ガチだ。

竹下:まあ、それで対策できるかどうかはわからないのですがね。

井上:こういう「甚兵衛」が出るような大学ってある程度固定されているから、そういう大学目指す人はそのあたりのマニアックな用語をピンポイントで対策してくることもあるんですが、僕の場合記述式の対策が多かったので「甚兵衛」には比較的弱いかなあ。

竹下:じゃあ早速行きましょう。全部で5問あります。

井上:おお。

竹下:じゃあまず1問目は4択の問題です。

1問目の甚兵衛

次のうち、トーキー映画に関係の深い人物は誰か。(早稲田大学、2003年 改)

  • 1.松井須磨子(まつい・すまこ)
  • 2.阪東妻三郎(ばんどう・つまさぶろう)
  • 3.添田啞蟬坊(そえだ・あぜんぼう)
  • 4.三浦環(みうら・たまき)

井上:そんなに知っている人はいないんですが、1と2は映画関係で聞いたこと有るような気がしていて……うん、2番の阪東妻三郎でお願いします

阿部:2番の阪東妻三郎!

竹下:阪東妻三郎は……ぼくが答え覚えてないんだよな

阿部:ええええ……(2回目)

竹下:あ! 正解です!!

拍手

井上:阪東さんはどういう方?

竹下:阪東さんはサイレント映画で有名だったけどトーキー映画の時代になって一旦人気が落ちて、でもそこから盛り返した人らしい。

阿部:へー。

井上:一応みんな映画界の人ではあるんですか?

竹下:たとえば松井須磨子は劇女優だったみたいですね。

阿部:あれ、歌手じゃなかったっけ?

竹下:歌ってもいるな、「初の歌う女優」とか言われてる。『カチューシャの唄』で有名なんだと。

井上:下のお二方は名前も聞いたことないような気が。

阿部:三浦環はクイズで聞いたことあるよ。

竹下:日本初のオペラ歌手とかじゃなかったっけ。

阿部:プッチーニの『蝶々夫人』だった気がする。

井上:ああ、三浦環、タマキさんか。

竹下:タマキさんって呼んでるんだ。

井上:三浦タマキってタマキの字がカタカナでしたよね。違いました?

阿部:え~うそ、ジェネレーションギャップだ。

井上:あの『蝶々夫人』がプッチーニから激褒めされる人ですよね。

阿部:そうそう。

竹下:添田啞蟬坊は、最初の演歌と言われる「ダイナマイト節」の歌本を売り歩いた人って言われる人らしいです。

阿部:大学の社会史とかで出てきそう。とりあえず、1問目はしっかり正解ということで。決め手は何だったんですか?

井上:添田啞蟬坊は知らないし、それで正解しても嬉しくないから外して……

阿部:(爆笑)

井上:見たことある人の中だと、映画界で当時だと女性で知っている人がいなかったから。

阿部:まあ、男性だろうと。

井上:でも実質25%当てたようなものでした。

竹下:四択でこれかぁ。

阿部:ちなみにこれは、僕らの判断だとほぼ「甚兵衛」ということだったのだけど。

井上:まあ、甚兵衛なんじゃないですか。早稲田は割と甚兵衛来ますね。

竹下:へえ。じゃあ次の問題!

2問目の甚兵衛

江戸時代に開発された農業用の揚水機で、一人で操作することができ、それまでの二人で扱うものよりも効率的な作業を行うことができたものは何か。(慶應義塾大学 2017 改)

竹下:僕のなけなしの日本史知識だと、江戸時代にたくさん農機具が開発されたってのは知ってるんだけど……

井上:何だっけ……イラストは出てくるんだけど……

阿部:本当に印象薄いよねこれ。絵というか、あれかなぁってのは分かるけど。

井上:たぶん、コレですよね。コレ。(手をクルクル回しながら)
川があってせり出している部分を、こうする。名前が出てこない。

阿部:これ制限時間は?

竹下:考えてない。

阿部:考えてない!?

井上:これ制限時間ないなら延々と考えてるなあ。

井上:どこかで絶対僕がギブしないといけない。これはちょっと、ギブで。

竹下正解は「踏車(ふみぐるま)」でした。

井上:たぶん、イラストは合っていますよね、川に歯みたいなのがあって、それを人間が踏んで水を送り出す……

阿部:そうそうそうそう。

竹下:そうなの?

阿部:教科書に載っているやつはどれかなぁ

竹下:ああ、スマホで調べてたけど、こんな感じのやつね。

井上:ああ、そうですそうです。これに関しては、教科書にも載っているし、ちゃんと学校別の対策をしている人だったら答えられると思います。農具ってめっちゃ覚えさせられるんですよ。備中鍬とか。千歯扱(こ)きとか。唐箕(とうみ)とか。

阿部:唐箕とかね! 唐箕懐かしい。

井上:あ、教科書のここに載ってましたね、千歯扱きとかと同じレベルで載ってるので。

竹下:千歯扱き・唐箕に比べて踏車ってそんなに有名じゃないんじゃないかな?

阿部:うん、踏車があまりに影薄すぎる。

井上:でも踏車、教科書に太字で載ってますね。

阿部:太字なんだ。

井上:難関私立とかだと、太字にもなっていないようなものを出すので、多分これは甚兵衛とはいい難いのではないですかね。

阿部:なるほど。

井上:なんか、負け惜しみ感があって嫌なんですけれど、受験期なら答えられたと思いますね。

竹下:へ~よくわかんないな甚兵衛。

阿部:いやでも、実際に教科書には千歯扱き・唐箕と同じレベルで載ってはいるけど、あまりに影が薄いっていう意味での甚兵衛かなあと。

井上:実際、僕は千歯扱き・唐箕を覚えていたけど踏車覚えてなかったから、たしかに影は薄いんでしょうね。

竹下:たしか千歯扱き・唐箕は中学の歴史でもやるけど踏車は記憶にない。

井上:多分千歯扱き・唐箕に関しては、江戸時代に新しく生まれ、従来のものよりも画期的に効率が良くなったから有名なのかなと思います。

阿部:あ~文化史とかもそういう所あるよね。誰に影響されてこれが生まれたとか。

竹下:踏車の場合、二人が一人になったところでっていう感じだ。

井上:従来の二人で扱うものってなんだったんでしょう、あ、これですね。室町時代の「龍骨車」と呼ばれるものです。これは太字じゃない。千歯扱き・唐箕に関しては室町時代との差が大きいから出しやすいのかも知れない。

竹下:作業に必要なのが二人が一人になったところで、微妙……

3問目の甚兵衛

◯に入る数値を答えよ。

戦後日本はサンフランシスコ平和条約により独立を回復したが、北緯◯度以南の奄美群島や沖縄諸島などはアメリカの施政権のもとにおかれた。(慶應義塾大学 2018 改)

阿部:(爆笑)

井上:知らね~……やばいなこれそもそもあの辺が北緯何度とかが分からない。的はずれな数字言っちゃいそうだな。

(しばしの沈黙)

井上:いや、これはマジで無理です。

阿部:マジで無理でしょう。

竹下:これ歴史なのかな、まず。

井上:でも条約の中に盛り込まれているし、聞くところは聞きます。これが重要なのかはわからないですけれど。

竹下はい、正解は29度です。

井上:へー。

阿部:「へー。」としかならんわ。

竹下:あれだよね、韓国と北朝鮮の軍事境界線(北緯38度)とかは重要なのだよね。

阿部:あー、まあ、確かに。

竹下:あれくらいじゃないですかね、緯度経度が重要になるのって、他にあります?

阿部:兵庫県明石市の135度とか。そういうのはいいと思うけど。

竹下:歴史で緯度経度を聞くのってどうなんですか?

井上:私立はよくあるんですよ。実際去年か一昨年か、条約か条文かの穴埋めで、国の名前を埋めるとか。

竹下:条文を丸暗記していなくても、その前後の流れで国名くらいなら分かりそう。

井上:数字を覚えてなくてはいけないものもあるんですが、これが果たしてそういうものなのかは分からない。僕がやってきた論述対策で学ばないといけないのは、例えばこの時代の沖縄諸島が日本の管轄から外れちゃったんだよね、というところだけ覚えておけばいいみたいなところがある。

阿部:さあ、ここまで、1勝2敗?

井上:やばいやばい。1問で終わっちゃう。1問もまぐれだからなあ。

4問目の甚兵衛

旧石器時代・縄文時代の石器の原材料となったとみられる、近畿地方・二上山(にじょうさん)で摂られる安山岩は何か。(京都大学 2017 改)

井上:いやーこれも、そこそこ勉強してたら知ってる単語なのですけど……

井上:それは、「サヌカイト」とかと同じレベルで考えていいのですかね。

竹下:うー? うーん? んー? まあ、「サヌカイト」と同じレベルですね?

井上:同期に京大志望がいて、こういうよくわからない用語を話して「知らなかったでしょー」ってドヤってきてウザかったんですけれど

竹下:それはたぶんその人的にはアウトプットをして覚えようとしているんじゃないですかね。

井上:これも多分それ系のやつですよね。

阿部:これ問題が意地悪だよね~

(しばしの沈黙)

井上:いやマジでわかんない、「サヌカイト」と同じような語呂合わせで勘でやるしかない。単純に「二上石」とかじゃないと分からないですね。

竹下じゃあ正解は、「サヌカイト」です。

井上:えー!?

阿部:これ問題が意地悪すぎるでしょ~

竹下:これ、何が意地悪なの?

阿部:サヌカイトって、讃岐に由来しているわけだが、だから現在で言う香川県と、それに加えて近畿地方でも取れるものの、香川で取れるのが有名だから「サヌカイト」って呼ばれてるんだよ。それがこの問題では「サヌカイト」を「近畿地方で採れる」って言ってるのがかなり意地悪。

竹下:「ひよ子」まんじゅう的なこと?

阿部:「東京の銘菓は何か?」って問題で「ひよ子」答えさせるようなもの。

竹下:それは許しがたいな。

井上:まあまあでも、京大は普通にこういう問題も出すから……

竹下:選定した当初はなんとも思わなかったけど、今の「ひよ子」の例えで意地悪さが分かったわ。

井上:いまサヌカイトをちょろっと調べたときに、香川県と、大阪奈良境界にある二上山周辺で産出される~って書いてあるので、

井上:単語自体は全然メジャー。平均点以下の人でも知ってる可能性は高いと思います。でも京大はこういう問題の出し方してくるなって対策してくる人は、分布図とかも細かいところまでしっかり把握してくるし、この問題についても、サヌカイトってこの辺でも取れるしってことで自信持って解答できると思います。

竹下:「サヌカイトと同じレベルの話ですか?」と聞かれたときに「はい」としか言えないよね? サヌカイトそのものだもの。

阿部:総合的に、これは甚兵衛?

井上:単語自体は全然甚兵衛じゃないです。でも出し方が意地悪。

竹下:「ひよ子問題」です。

5問目の甚兵衛

赤枠で囲まれた鉱山の名前は何か。(早稲田大学 2018 改)


竹下:これは南蛮人が描いた日本地図の一部らしい。

井上:そうですよね、Suroは多分「周防」のことで、Hivamiは「石見」か。ってことは……

竹下:いいね、これは考えがいがあるな。

(井上思考中)

井上:「あだち鉱山」ですか?

竹下:あだち鉱山ではない!

井上:「あだち鉱山」というものが存在するのかも知らないんですが。

井上:上の行が「アージェンティ」にしか見えないんですよね。でもこれは欧米人が聞いたまま描いているから「あだち」が「アージェンティ」になることも考えられるかと。

阿部:これ島根かなりずれてるなあ。

井上:このHivamiが「石見」なので、それとは別にあるってことか。でもさっきのサヌカイト的な感じで、「石見銀山」ですか?

竹下:お、正解でーす。

阿部:(パチパチ)

井上:汚いのはここにHivamiって書いてあることですね。欧米人が描いた地図によくあるのが、子音とか変わっているから大体で読まなくてはならない。

竹下:そうですね、当時の日本語の発音が違うから。いわみ→Hivamiに関しては、
1(いち)なのに一つ(ひとつ)なのと関係していて、多分「いち」もかつては「ひち」で、hが脱落したのかなと。

竹下:あとArgentiに関しては、銀の元素記号がAgであることからも推測できる。

井上:あーなるほど!

阿部:ほー!

井上:ああ、これは地名ではなくて、「ここに銀がいっぱい取れるところがあるよ」って事を言っているのか!

竹下:これは甚兵衛?

井上:うーん。これは多分出題者の意図としては難しい単語を答えさせようとはしていなくて、外国の人が描いた地図に「石見」っぽいのがあります、そこに外国の人も注目するような鉱山があるとして、そこで世界でも有数の銀山の名前を思い浮かべることができるかという話だと思います。

振り返って

5問中2問正解(しかもうち1個は一回間違えている)という結果になりました!

日本史あまりやったことない人としては、日本史の問題における「難しい」の定性がうまく出来たことを個人的に嬉しく思っています。
単語が知られていない、知ってはいるけど名前はわざわざ聞かない、資料の隅々まで把握しておかないと解けない、いろんな難しさがあり、それに立ち向かう日本史選択の受験生に畏敬の念を抱きます。

理工系学生よ、歴史もなかなか面白いぞ。

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